お産SOS 河北新報社
掲示板 お産SOS
 「お産SOS」は産科医療について語り合う掲示板です。「安心して産みたい」。妊婦さんの誰もが抱く願いです。ところが、医師が足りずに出産をやめる病院が相次いでいます。診察だけという産婦人科医院も増えています。安心して出産できる場は、徐々に狭まっています。多様な意見の中から、より良いお産の環境を探っていきます。
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No.175  bP74さんへ
平成19年9月22日(土) 22時51分
  受験勉強を頑張られ、医学部合格おめでとうございます。
私は、昨年6月まで「保育士」をしていた者です。「流産」して大好きだった仕事を辞めました。私が初めて担任した子ども達が20歳になり、あなたと同じ年代と思い書き込ませていただきます。
私は、子宮内膜症で10年間治療をしていたので「妊娠」したと聞いた時とても嬉しかったです。「妊娠」した瞬間、身体も心も「母親」になると思います。(私の考えですが。)
「流産」「死産」してしまった母親は、「我が子はもういない」と頭では分っているのですが、「心」がついてこないのです。
私も流産から1年6ヶ月経ち、やっと「また、妊娠したい」と思えるようになりました。そう思えるようになったのも、夫の支えと記事にも書いてあった「WITH ゆう」さんのホームページと、なによりかかりつけの女医さんのお陰と思っています。
先生は流産した時、私の気持ちを汲み取ってくださりきちんと説明してくださいました。当時は、「どうせ、気休めだ」等思ったこともありましたが、気持ちが落着いてくると説明の言葉一つ一つ思い出され「我が子」のことを受け止めることができました。「今度、我が子を手に抱くまで先生と一緒に頑張ろう」と思います。
bP74さんも益々、医学生としての講義や実習で大変かもしれませんが、身体に気をつけてください。心身ともに健康でないと良い成果は得られないし、何よりもあなたのご両親が心配されます。「親」ってそんなものです。
「国家試験」受験や社会に出てからもいろいろなことがあると思いますが、この掲示板に書き込んだ内容と勇気を思い出してください。
何年か後、どこかの病院で会う日が来るかもしれませんね。
心から応援しています。
「産科医」のみなさんとその家族の方々が安心して過ごせるような環境作りが進むことを願っています。
 
35歳/女性/仙台市

No.174  「お産SOS」を拝見した医学生です
平成19年8月9日(木) 1時24分
   私は医学部医学科の1年生です。中学時代に「東北地方の医師不足に何とか貢献したい」と思い、医学部を目指しました。高校時代、福島・大野病院産婦人科医逮捕事件と、それを機に各メディアで沢山報道された産婦人科医不足関連のニュースを目にし、深刻な「産婦人科医不足」を知りました。
 厳しい激務・訴訟リスクの高さ・産婦人科医の自殺の多さなどを耳にすると、やはり「怖さ」を感じました。しかし、「お産SOS」をはじめとする記事を拝見するうちに、「絶対に産婦人科医になりたい」というモチベーションが高まりました。
 私の家庭は裕福ではなく、また片道2時間以上をかけて高校に通学していたため、受験生時代は毎日が「がけっぷち」でした。何度も弱気になりましたが、それでも諦めないで挑戦し続けることができたのは、両親・先生方等周囲の方々の応援と、「お産SOS」のおかげです。大学入試1ヶ月前、勉強机に「お産SOS」の記事(青森・宮城での産婦人科医過労・不足問題についてのもの)を貼り付けました。辛く苦しい時、その記事を見て、歯を食いしばることができました。河北新報さんと、「お産SOS」を執筆なさった記者の方々に、心から御礼申し上げます。
 医学部の定員を増やしたから将来産婦人科医が増えるとは断言できません。しかし、1点差が合否を分ける医学部入試において、定員が増えれば、もしかすると産婦人科医不足に関心のある受験生がその分多く合格するかもしれません。勿論確実にそうなるとは言えませんが、定員増加は、医師不足解決を願う受験生に希望・モチベーション・勇気を与えます。来年度の入試から、指定された医学部の定員が10人(将来特定地域で勤務することを義務づけた奨学金制度をつけて)増えることには賛否両論があります。この制度が適用される10年間で効果がどれだけ出るかは未知ですが、私は実行してみる価値のある制度だと思います。
 出身地・性別による意識の違いについて安易に言及することはご法度だと思いますが、私が今も産婦人科医を目指し続けている理由の中に、「実際に医師不足に困っている地域に生まれ育ったこと」「女であること」があると思います。幼い頃からお世話になった地域でお産ができないという現状を、子どもたちの将来・女性・日本の将来にとって重要な産婦人科医療が危機に直面している現状を、私はどうしても無視することはできません。新聞などのメディアを通して産婦人科医不足の危機をありのままに伝えること、裕福ではない家庭の生まれでも地域の医療危機に貢献したいと願う青年に希望を与える奨学金制度、高校等の教育機関が質の高い学習の場を提供すること(履修漏れを除く)等の続行は、私の切なる願いです。また、女性医師の勤務しやすい環境を整備することで、マンパワーがフル活用され、男性医師にとっても勤務しやすい環境が作られ、より的確で安心感のある医療を提供できるようになると考えています。女性医師が退職をせずに勤務を続けられる環境や、再教育等を通して退職医師の復帰支援を行うことについて、女性医療関係者だけでなく、男性・一般の方々・行政と共に考えていくことが求められるのではないでしょうか。
 
19歳/女性/秋田市

No.173  またもや産婦人科縮小!
平成19年7月5日(木) 14時1分
  私は現在妊娠10か月、もうすぐ登米市立佐沼病院で出産予定です。昨年佐沼病院は医師の集約化により小児科では病棟の廃止、産婦人科では常勤医師の削減があり急遽分娩予定の妊婦さんは他の病院への変更を余儀なくされました。そして現在常勤医師1名の他に派遣医師が診療にあたっていましたが、4月になりまたもや医師の集約化により11月からの実施予定で常勤医師ゼロ、診療体制の縮小、産婦人科病棟の廃止が決められました。ところが今度は6月末になり、その実施が早まり9月からとなりました。4月の決定後「10月までは大丈夫!」ということで佐沼病院で出産予定だった現在妊娠6〜8ヶ月位の妊婦さんが、また病院変更を迫られています。どうにか私は佐沼病院で出産できますが、困りはてている妊婦さんのことを思うと他人事ではありません。この時期に病院を変更することにより精神の不安定をまねいて体調を崩したり、変更した病院での検査費用、交通費等の増大など様々な問題を抱えることになりました。また婦人科の診療日も現在の毎日から1〜2日になるため婦人科疾患も増えかねませんので、女性全体の問題ともいえます。登米市には他に産婦人科病院は個人病院2箇所(産科1箇所)だけなので、国や大学病院の偉い方々から「登米市の女性は子供を産むな!」「婦人科の病気も増えろ!」と言われているような感じさえします。このような問題は登米市だけの問題ではないのかもしれませんが、それがあたりまえにならないように国、市町村、大学病院の皆さんに改善を要望します。
 
38歳/女性/宮城県

No.172  後医は名医になろうとする?
平成19年7月3日(火) 1時52分
  No.169さんの不幸な体験を聞く限り
 名医に見えるよう、初めの医師を悪者に思うように誘導したのは、どうみても、後医や看護師の言動だと思うのですが。
 最初の医者がちゃんと向こうの医者に、経過と自分の処置を伝え、それを踏まえた上で、後医が話を伝えるべきであり、そういったことを把握していないのに、高圧的な態度で出たのが、結果として一人の不幸な患者に医療不信を抱かせたのではないでしょうか?
 だいたい、緊急時に患者を叱る必要があるのでしょうか?
 患者さんやお腹の子供を心配する余りだと思いたいですが、先にそのように相手の非を指摘しておけば、万が一問題になった時に言い訳を探してという、計算もあるのでは?、意地悪な考えだとは思いますが。いかがでしょう?
 
 
34歳/男性/宮城県

No.171  それぞれの立場で
平成19年7月2日(月) 0時29分
  医師、患者、マスコミ、政治、司法それぞれの立場で今後の医療を考えていく必要があると思います。
患者さんには医療の不確実性というものについて、厳しい現実を受け入れてもらいたい。『お産は安全ではない』ということを受け入れる。確率は低いけれどそれは起こりうる。その時の悲しみ、怒りの矛先を医療者に向けるのは不当であること。それを弁えて医療者と話し合うこと。
医療者側も、ただ、自分達が行った医療の正当性を訴えるだけでなく、患者さんの悲しみを受け止めていく。それすらも医療の一環と考えて対応していくことが求められていると思います。そのような分野の教育、啓蒙を医療者自身が高めていくべきと思います。
政治、行政はいつまでも見てみない振りをしている場合じゃないでしょう。
自分達のやってきた行政の失敗のつけを医療現場に押し付けて知らん振りでなく、解決に乗り出すべきです。年金問題もこの問題をごまかすための隠れ蓑のように思えます。
司法に責任を求めるのはどうやら筋違いと言うことは分かりました。『心証主義』というものがあるということも分かりました。つまり医学的な是非は司法という紛争解決の場ではあまり役に立たないということが分かりました。
そこでマスコミの今後の役割ですが、このような世論、『医者は全て悪人』のような世論を形成した責任を取って、いままでのネガテゥブキャンペーンを行ってきたことを正直に反省して、あらたな世論形成に寄与していただきたい。裁判が『心証主義』である限り、医師にとってネガティブなイメージがあるかぎり、いつ自分が司法、マスコミによって世間から抹殺されるかと思いながら診療しているのが医師の現状です。
医療事故の判断は司法と切り離し、航空事故などと同じ専門の事故調査委員会にゆだね、政治は医療の現状をもっと理解して医療を政策的(医学部定員の大量増加)にも、経済的(医療費抑制政策をやめる)にもバックアップする。
そして、マスコミは悲しい医療事故の当事者である医療者、患者側一緒にその悲しい事故に向き合い、癒しあえるような世論形成できるように努める。
それぞれの立場で医療崩壊を防ぐ努力をしましょう。
とくにマスコミの方には期待しています。
わたしには医療事故の被害者の方々が、医師相手の裁判で勝ったことが癒しになっているとは思えません。
『割り箸事故』の件もかわいそうとは思います。しかし、世間の良識ある人はあの事件が本当に医師が悪いと思っているのでしょうか?少なくとも私の周囲の方は医療者以外でも『こどもをみていなかった親の責任は?』と言う方が多いです。医師への八つ当たりとしか思っていない方のほうが多いと思います。もっと違う形で医師と患者さんの家族が向き合えていればと思わずにはいられません。
医師が素直に『自分も辛い、過誤はなくても責任を感じずにはいられない。』と伝えてあげれば、多分、子供を見ていなかった責任を感じているお母さんも救われていたのではないでしょうか。医師と患者側が対立するのではなく、辛い事態になったときにお互いがいたわり合える。そんな世論が必要ではないでしょうか。
マスコミが作り上げる世論の恣意性を国民は気が付き始めてます。
誠実に医療崩壊問題に取り組んでマスコミの信用を取り戻してください。
ただ、この河北新報さんの企画には誠実さを感じました。
もっと大手のマスコミが相変わらず『売らんかな』のみでやっているのとは大違いです。
これからも応援します、がんばって下さい。ありがとうございました。
 
38歳/男性/静岡県

No.170  後医は名医
平成19年6月29日(金) 14時25分
  No.169さんの体験は大変つらいものであったでしょう。お悔やみ申し上げます。
ただ、現在の医療が崩壊に向かっている理由も垣間見えます。

「後医は名医」という言葉があります。後にお世話になった医師のほうが、名医に見えてしまうものです。先に診察した医師が正しいのかどうか、その判断はつい後から診察してもらった医師の言動から判断してしまうのです。でも、先に診察した医師が悪いという判断が正しいかどうか、全く保証は無いのです。でも、不幸な体験をしてしまうと、「原因をみつけた」とばかりに、初めの医師を悪者に思ってしまうのです。
No.169さんはつらいでしょうが、医療には限界があります。標準的な医療をしても、最初の分娩を無事に迎えられたという保証はありません。私は当事者ではないので、一般論でしか言えませんが、妊娠26〜28週の双子の子宮内死亡となる症例では、その前に適切な判断をしていても、なかなかいい結果にはならないと思います。片方が死亡してしまうかの判断も難しいですし、転院も救急車でなければいけない理由も無いと思います。
初めの病院の医師を恨むのでなく、診察していただいて、「ありがとう」という気持ちを持つのが正しいのではないでしょうか。

残念ながら不幸な結果となってしまったときに、誰かに怒りをぶつけたくなるのは、人間として仕方の無い感情だそうです。それがつい医師を悪者にしてしまう原因なのでしょう。それは理解できないことではありません。ただ、最近はそれが日常的に行われすぎています。患者さんのために必死に診療をしても、逆恨みをされてしまうと、自分は何のために働いているのか、とてもつらくなります。
 
40歳/男性/東京

No.169  私の体験
平成19年6月27日(水) 0時44分
   少々長くなり、また趣旨が多少ずれるかもしれませんがお許しを。。。
 
 “お産”では、私自身辛い経験があります。
 2002年3月に一卵性の双子を出産予定でした。初めてのお産ということもあり、里帰り出産をすることになり、こちらで診ていただいていた先生と相談し、14週のときに一度帰省先の病院へ行きました。双子なので、普通より早めに帰省するようにとのことで、26週からはそちらで健診を受けることになり、それに合わせて帰省しました。
 26週3日 帰省して最初の健診時、一人の動きが悪く感じることを話すと「赤ちゃんがいる場所によるものなので心配ない」とのこと。次回は2週間後と言われ帰宅。
 28週4日 前回とは別な医師の診察。超音波診察で「1人の心臓が止まってるな」と。頭の中が真っ白になりそうでした。「だから、この前言ったじゃないか!」まず最初にそう思いました。
 医師の話では、まだ赤ちゃんが小さいので生きている赤ちゃんはもう少しお腹の中で大きくしましょう。ただし、亡くなった赤ちゃんがわるさをするようであればその時点でお腹から出すので、入院してモニターをつけて観察しましょうとのことでした。待合ホールで何分待たされただろう・・・かなり長く感じました。再度診察室へ呼ばれると、この病院では小さな赤ちゃんが生まれたばかりで、もし私の子が生まれても小児科での対応が難しいので、別の病院への紹介状を書くのでそちらへ行くようにとのことでした。ちなみにそこは白河市、転院先は郡山市だ。私は、てっきり救急車で行くものだと思っていたが、「1人ではなく、どなたか家族の方と一緒に行ってくださいね」と言われ、普段と変わらず1時間近く待たされ会計を。
 タクシーで実家へ戻ると、母が荷物をまとめて待っていてくれた。実家からもタクシーで郡山の病院へ。産婦人科外来へ案内されると、看護師さんが「今まで何してたんですか。何できたの?」と言いながらも、すぐに車椅子に乗って医師が待つ病棟の処置室へ連れて行かれました。そこでも医師から看護師さんと同じことを言われ、「なんで救急車で来ないんだ!!」とお叱りを・・・正直、私が怒られても困るのですが。白河の病院の医師に言われたとおりに説明すると、「一刻一秒を争う事態だ(生きている子と私への悪影響)」ということ「連絡を受けてから手術室をあけて待っていた」事を聞かされました。
 主人の到着など待っていられないと言うことで、母の承諾の下、すぐに帝王切開することになりました。この時点で、生きている赤ちゃんも育たない可能性と障がいが出る可能性があるということを説明されました。
 第一子死産。第二子 870gの超低体重児。それでもとっても小さな声で産声をあげました。赤ちゃんはすぐにNICUへ運ばれました。
 病室へ戻るまでの医師同士の会話は 白河の病院の対応の悪さにあきれたものでした。第一子についても「前の健診で、元気がないとか言われなかった?」と聞かれ、前回のことを話すと ため息をついていました。
 死産に対する心の痛みが消えることはありませんが、入院中は病棟の看護師長さんが何度も病室まで足を運んでくださり、心の傷を癒してくださいました。
 
 長女(第二子)は5歳になり、元気にしておりますが この時の影響で重度の脳性麻痺です。お座りも立つことも出来ず、自分の口でご飯を食べることも出来ないので鼻からの経管栄養です。
 妹か弟を・・・と思いながらも、前回のことを思うと不安だけが先走りなかなか踏み切れずにいましたが、昨年、第三子を妊娠しました。幸い近くの病院でお産を再開していたのでそちらでお世話になり、この3月に予定の帝王切開で無事出産しました。
 この病院の出産数は月に15人前後と聞いた事がありますが、先生は1人です。私の入院中も連日とか、日付をはさんで一晩に3人ということもありました。
 先生の負担がかなり大きいことが 見ていてもよく分かりました。
 産科の医師になる人が少ないのも分かるような気がします。でもこのままでは、先生の負担がますます大きくなるばかりでやがてはお産できる場所が無くなりかねません。
 しかし、医学生を増やすということが解決の方法になるとは思えません。増やした分だけ産科志望者が増えるのかということもありますが、それよりも私は、正しい(適切な)診断を出来る医師を増やしていかなければ意味がないと思うと同時に、知識だけではなく人間性も重要ではないかと思います。
 私の一件の3年後、弟夫婦にも赤ちゃんができ、例の病院に通うことになり、最初の受診の際 私の時のことを話すと医師(私の時と同じ医師)からは、優しい言葉など無いどころか、「その話はこっちにおいといて」と言われたそうです。この話を聞いたとき、医師としてだけではなく一人の人間に絶望感を抱きました。

 妊娠中に起こりうる予期せぬ出来事はやむを得ないと思いますが、その後の対応が患者にとって精神的にも肉体的にも大きく影響することを病院側にも分かって欲しいと思います。
 
 三人の娘を出産した二つの病院のスタッフの方には 感謝しています。
 
40歳/女性/宮城県

No.168  本当に病院が助産所を萎縮させてるのですか?
平成19年6月26日(火) 8時1分
  >「病院が助産所を畏縮(いしゅく)させているから、搬送が遅れて症状が悪化する。大病院、診療所、助産所、自宅のどこであれ、地域で産む人全員にセーフティーネットが求められている。医療機関は情報を共有し、医療が必要な場合は直ちに搬送できる体制を整える。行政は搬送設備やシステムを整備すべきだ」

とのコメントを掲載していますが、助産所の違法助産による緊急搬送などはどうなのでしょう。現場の医師たちを萎縮させていることに考えは及ばないのでしょうね

助産院で事故にあった方のブログを拝見しましたが、助産院での事故が現実にあったのに、それには触れず、上記の様なコメントを載せるのは現場の医師たちのやる気をさらにそぐのではないかと思います。
助産院で事故にあった方はどのように仰っていましたか?
ブログを拝見する限りでは「頑張っている助産院もある」と言って話をマトモに聞いていなかったようですが・・・?

助産院(自宅も)で生みたかったら助産院で生んでもいいけれど、結果が悪くても病院に搬送しないで欲しい。
それが熟考を重ねた上で病院出産を選択した私の気持ちです。


 
32歳/女性/東北

No.167  診療室崩壊
平成19年6月25日(月) 12時7分
    最近、教育界では学級崩壊。モンスター親の登場。給食費未納で開き直る親等々。問題化されています。 それと同じ現象が医療にもおきています。診療室崩壊です。衣料はサービス業の一種で患者は「お客様」だから、「お患者さま」とお呼びすべきだ。といわれ始めた2000年前後から急速に目立ち始めたような気がします。
  とうとう某国立大学病院から、うちの医院に「患者さま」紹介してください。なんていう冊子が郵送されてくる時代にもなりました。

  タクシー代わりに救急車を利用する患者は論外ですが、「俺は患者だ客だ、おまえの医院にきてやってるんだ」「金はらってるんだから、ちゃんと治療しろ、それがあたりまえだろ。」とか現実に私が言われた言葉です。それに「マスコミや友達がいっていた」等も増えてきました。 私は原則として、話てもわからないと判断したら「うちでは治療できません。テレビ局、友達になおしてもらってください」といって帰っていただいております。 また3時間待ちの5分診療とよく批判されていますが、プロが診断して5分で終わるものは終わるのです。3時間またれる方は、お気の毒とおもいますが、
 それとこれとは別。しかし5分で終わるのを世間話でも入れ水増して15分にすると患者の評判はよろしいようです。
  また、子供に何をしたと怒鳴り込んでくる親も珍しくありません。医学的説明うんぬん以前、というか聞く耳もちません。 子供より親に神経をつかいます。小児科、産科の先生のご苦労 お察しします。

  悪いのは常に強い立場の医者で、患者は常に弱い立場の被害者。という図式で報道してきたマスコミの影響もあると私は考えています。

  このままでは、医師と患者の相互不信が増えます、医療は患者と医師の間の信頼関係が無いと成り立ちません。
  はたして これは医師だけの責任なのでしょうか?
 医師とは 本当に強い立場の権力者なのでしょうか?
「マスコミ関係者」と一般の「お患者さま」にぜひ考えていただきたいと思います。
 
44歳/男性/仙台市

No.166  ありがとう
平成19年6月21日(木) 0時54分
  何度か発言させていただきました。
医療者の医療事故への痛みについて初めて言及していただいただけでもこの企画は画期的だと思います。
自分が求めている真の医療事故の解決である形、すなわち医療者対患者の対立ではなく、同じ痛恨の事態である医療事故の当事者として一緒に向き合うとのだ、という形を示せてもらえただけでも意義あるものだと思います。願わくはマスコミの報道が『医師は全て悪人』という単純な図式でなく、医療事故という誰もが悲しい痛恨事に医療者側、患者側が癒しあえる機会を作ってくださるように報道姿勢を改めていただければと思っています。
そのような世論になれば、必ず若く志し高い医師たちが再び産科医療の場に戻ってくると信じています。
日本の産科医師が劇的に減ってしまったここ10年の影響はこれから先、数年後から2、30年は続くかもしれません。しかし、その後再び日本の産科医療が世界に冠たるものになる日が来る日を夢見てがんばりましょう。自分達の子供達の代ではかなわないかもしれませんが、孫達の代ではこれまでのように安心してお産ができる社会を目指していきましょう。
 
38歳/男性/静岡県

175 件中  No.175 〜 No.166 を表示No.165 〜 No.155